塩橋は生体分子の高次構造構築や高機能発現に関わる重要な結合である。これを積極的に導入した分子性導体を合成し、水素結合性プロトンの自由度を伝導電子へ反映させた電子系を構築し、新機能を開拓することを目的とした。 本年度は、塩橋型分子性導体のスピンの性質を明らかにするために電子スピン共鳴法(ESR)測定を行った。(分子研・中村グループとの共同研究)ここでは、代表的な例であるTTFCOONH_4塩の粉末結晶を用い、W-バンド(93.9817GHz)のESR分光器によって測定を行った。その結果、TTF^+COO^-は中性ラジカル種であること、ESR磁化率の温度依存性はCurie-Weiss型と活性化型の2種類の振る舞いを有すること、線幅の温度依存性が小さいこと、スピン環境の同位体効果はないことなどが明らかとなった。ここから、TTFCOONH_4塩(厳密には[(TTFCOO^-)(NH_4^+)_<1-X>][(TTF^<.+>COO^-)(NH_3)_X])において、TTF上の電子スピンは弱く局在し、また、磁化率から有機安定ラジカルのような単純なCurie-Weiss型スピンではないことが分かる。ここで、室温付近では非常に小さなギャップ(5meV)を持った活性化型スピンが主たる寄与をしている特殊な電子系であることが明らかとなった。また、新規物質の探索を行い、塩橋物質中に高濃度でスピンが発生するために必要な条件として、ある特定の分子配列を有することなどが明らかとなった。
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