学習・記憶を担う遺伝子と神経回路の解析は、分子行動学の重要な問題である。本課題は、ショウジョウバエをモデルとする報酬学習を制御する遺伝子の体系的な解析を行うと共に、申請者が開発した幼虫を使用した嗅覚連合学習パラダイムを使用し、幼虫の報酬記憶における遺伝子機能の検定と神経回路の解析を行う。これにより、遺伝子のみならず、遺伝子・神経回路・行動の多段階の分子行動学的解析を推進する事を目的としている。我々は、これまでにショウジョウバエ全ゲノムを網羅するマイクロアレーを用いた発現遺伝子の同定を行い、多数のキノコ体発現遺伝子を同定してきた。これらの候補発現遺伝子のなかで、RNAiによる遺伝子抑制効果が確認された系統について、キノコ体における特異的発現誘導が可能なGeneSwitch発現系を採用し、GAL4/UAS発現誘導システムによりキノコ体特異的な遺伝子機能の抑制を行った。これにより短期学習は抑制しないものの、長期学習を抑制する複数の遺伝子を同定した。一方、従来の幼虫を用いた実験パラダイムでは、条件付けの前後のおける洗浄等の多くの操作ステップを含む事から、幼虫の取り扱いに習熟するために時間を要していた。また、これらの実験操作に由来すると思われる嗅覚反応係数の測定誤差がしばしが大きな問題であった。これらの問題点を克服する新たな実験系の構築を目的として、ショ糖報酬刺激を介在するオクトパミン神経細胞で温度感受性チャネルTrpA1を発現させるコンストラクトTdc2-TrpA1を作製した。また、匂い刺激を光照射に置換するために、光感受性イオンチャネルChR2を様々な嗅受容体遺伝子発現プロモーターに接続したコンストラクトOr-ChR2を作成した。現在これらのコンストラクをショウジョウバエに導入し、行動解析のために遺伝学的背景を統一した系統の構築を進めている。
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