ATPの"加水分解エネルギー"とは何か?この問題の理解にとって、出力として得られるエネルギーの生体内での利用を考えることは不可欠である。本研究では、ATPを利用する生体分子の一つの例として、微小管というレールの上を歩行しつつ小胞体などの荷物を輸送するキネシンと呼ばれる生体分子モーターを用いて、その酵素反応によって変換される"ATP加水分解エネルギー"と力学的エネルギー出力との関係を、ヘテロダイマー変異体を用いた部位特異的観察により定量することを目的で研究を行った。まずはキネシンモーターによる力学的エネルギー出力の定量を行うため、光ピンセットを用いたキネシン計測系の開発を行った。その結果、光学顕微鏡により観察したキネシンの位置変化を4分割フォトダイオードにより検出し、光ピンセットによるトラップ位置を音響光学素子によりフィードバック制御することによってキネシンにかける負荷を一定に保ちながらの力計測を可能にした。次に、キネシン変異体のヘテロダイマーを作成し、構築した光ピンセットを用いて出力の定量を行った。その結果、ヘテロダイマーでは最大力が野生型よりも約半分まで低下するという結果が得られた。過去に得られていたヘテロダイマーの生化学構造についての知見と比較することにより、キネシンの一方向性運動を説明するモデルとしてこれまで広く支持されていた"ネックリンカ0ドッキングモデル"ではヘテロダイマーの運動をうまく説明することができず、二つの足(加水分解部位)が選択的に微小管と結合することによって前に進むという新たな運動モデルへの示唆が得られた。今後は、この実験系でATPの溶液条件を変えることにより、ATP加水分解による"入力エネルギー"との関わりを調べる予定である。
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