交付申請書に記載の平成21年度の研究実施計画は、世界最小のタンパク質であるシニョリン(1uao)をパイロットシステムとしてそのアスパラギン酸のpKaを計算する方法の開発に着手することであった。すなわち、我々がこれまでに開発したQM/MM-ER法を拡張することによって、ペプチド鎖のようにその分子構造が水溶液中で著しく揺らぐ溶質の溶媒和自由エネルギーを計算する方法の開発を実施することであった。しかしながら、上記の計画を実施する以前に、計算方法のコアとも言うべき電子の交換汎関数が従来から有する欠陥を修正することが先決であるとの結論に達し、本年度は新規な電子交換汎関数を開発することとした。分子系の電子の交換エネルギーは、電子とその周りの交換孔とのクーロン相互作用を電子の座標にわたって積分することによって計算されるので、ある座標に参照電子を置いたときの交換孔の空間分布をいかに記述するかが、正確な交換エネルギーの計算にとって重要となる。従来の交換汎関数は、一様な電子ガスをモデルの出発点とするので、常に参照電子を中心として交換孔が球対称に分布するという描像に立脚することになる。ところが、参照点が原子、分子の周辺に置かれた場合には、電子とその交換孔が解離するのが正しい描像であり、正しい交換孔の分布が実際にそのようになることを具体的な系で示すことが可能である。原子、分子系にとって妥当な交換孔のモデルとして、水素様原子の電子密度を参照することが考えられる。我々は、このモデルに基づいて新規な交換エネルギー汎関数を構築し、密度汎関数法に基づく電子状態計算プログラム上に実装することに成功した。これらの研究成果はアメリカ化学会のジャーナルに論文として掲載された。
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