研究概要 |
近赤外スペクトルにはOH振動やCH振動の倍音・結合音が顕著に現れるが,本研究課題ではCH伸縮振動波数のシフトと溶液密度の相関を利用したエントロピーカの直接測定を試みる.ATPの加水分解のエネルギー見積もりの誤算の原因は,巨大なタンパク質を駆動する際の体積的変化(斥力的エントロピー効果)だと考えられているが,CH伸縮振動波数のシフトは電子状態の変化を伴わない斥力的な相互作用であるため,これを実験的に観測できると考えられる.このスペクトル解釈法を確立するため,(1)数多くの分子についてCH伸縮振動波数-溶液密度間の相関を調べること,(2)熱量測定・スペクトル同時測定系を作製し,分光学的エネルギーの定量的な検討を行うことを具体的な課題とする.本年度は装置導入の遅れから,先に従来のスペクトルを用いた解釈法を検討した.まず(1)についてはC-H伸縮振動波数のシフトの起源について,振動の非調和定数から説明を試みた.結果的に原因は古典的な反応場で表現できるもので,エントロピーカめプローブとして十分な可能性があることが示された.(2)では熱量変化の既知なサンプルを使用して,近赤外スペクトルの変化との相関について詳細に調べた.スペクトル強度を利用してvan't Hoffプロットを行うと分光学的エンタルピーを求めることができるが,水のOH伸縮振動の場合,水素結合のために吸光度は溶質濃度に対して線形ではない。すなわちLambert-Beer則を拡張する必要があり,モル吸光係数を部分モル量として再定義する必要があることを比較的単純な水溶液を用いて示すことに成功した.
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