本研究の目的は顔を介したコミュニケーション能力の神経基盤を解明するため、認知症やパーキンソン病、筋強直性ジストロフィーなどの脳病変例を対象として顔認知障害の病態解明とその神経基盤を探ることである。今年度は、心理推測課題、表情認知課題を実用化するために、パーキンソン病例および筋強直性ジストロフィーを対象として顔を通じたコミュニケーション能力を評価する。顔を通じた心理推測能力の検討には「まなざし課題」と呼ばれる課題を用いた。この課題では、顔のうち目の領域だけを提示し、視線から他者がどのような心的状態にあるかを推測する。結果では、パーキンソン病例および筋強直性ジストロフィーともに、この課題において成績の低下を示した。しかし、この結果は語彙能力や視知覚機能の低下からは説明されなかった。課題の実用性が確認できたことから、今後この課題を用いて思考の内容や心理状態を推測し、共感する過程の機能を測定してゆく。 一方、表情認知について検討を行うため、CGにより種々の表情を混合した顔刺激を用いて、顔に対する感情の感度を測定した。本課題は症例ごとの感情に対する感度を詳細に測定することが可能である。この課題を用い、顔から相手の感情を認知する機能をパラメトリックに測定した。結果として、筋強直性ジストロフィー症例では健常者に比べ、怒り、嫌悪表情の感度に低下がみられた。また、側頭葉前部・島・前頭葉底部の白質に病変がみられた。脳病変と表情感度の関連を調べたところ、怒り表情感度と前頭葉、側頭葉、島病変が、嫌悪表情感度と側頭葉病変が有意な相関を示した。これらの結果からは、DM1における特有の性格や行動が怒り、嫌悪表情に対する感度低下と関連しており、それぞれ異なる脳病変により引き起こされていることが示唆された。
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