公募研究
本研究の目的は、並進対称性を持たず孤立する水素の構造観測のため、申請者らが実現した中性子ホログラフィーを水素化物に展開し、ハイドロジェノミクスが求める新たな水素の可視化技術を確立することである。中性子ホログラフィーは孤立した微少量ドーパントまわりの原子構造(局所構造)を直接観測できる手法である。その開発の過程で、水素もドーパントとして観測できる可能性に気づき、本計画を着想した。すなわち水素周囲の原子構造を観測できれば孤立した水素でも位置を決定できる。物質中の水素の構造はX 線、電子線では観測できず、また中性子回折実験では孤立水素は観測対象にならないため、本研究が必要となる、さらに、多くの水素化合物が粉末であることから、粉末試料でのホログラフィー実験を実現し、ホログラフィーでの水素観測の対象範囲を大幅に広げる。これにより、たとえば欠陥や不純物周りに集まる水素の可視化が可能になり、世界的に見ても独創的な視点をハイドロジェノミクスに加えることができる。中性子ホログラフィーでは水素からのガンマ線を検出するので、2021年度にはJ-PARCで唯一のガンマ線計測専用装置ANNRIを用いて、Cu, Sm, SmB6,YH2などの粉末試料での測定を行った。その結果、SmとSmB6でシミュレーションと定性的に一致するデータ(1次元ホログラム)が得られた。また、単結晶でのホログラフィー実験装置の整備も進め、高分解能ガンマ線検出器を導入し、高精度、高計測効率の測定系を構築した。これを用いて、水素を吸収させたPd単結晶での測定を行った。しかし、期待した信号は得られなかったため、あらためて水素化していないPd単結晶での実験をおこなった。Pd原子像が得られたため、2022年度には水素化試料に再挑戦する。
2: おおむね順調に進展している
本研究の柱である中性子ホログラフィー実験は世界で申請者のみが実現可能である一方で、多くの技術的課題がある。そのため2021年はより高精度化、高検出効率化のため高分解能検出器を導入し、試験装置により実際に精度向上を確認した。また粉末中性子ホログラフィーに関しては、解析環境を整えシミュレーションが可能になった、さらにJ-PARCにおいて理論計算と定性的に一致するデータが得られ始めた。一方で、水素化したPd単結晶の測定では技術的な問題から期待したデータは得られなかったが、水素化していないPd単結晶での中性子ホログラフィー実験をおこない、そのpd原子像が得られた。これをもとに水素化したPd単結晶での実験が可能であることがわかった。以上のことからおおむね計画どおりに進んでいると評価した。
2021年度に導入した高分解能検出器もふくめた高分解能、高計測効率の測定系の構築が可能であることがわかり、試験機により実際に性能向上が確認できた。これに基づき2022年度には多検出器系の実機を構築し、本研究、とくに水素化したPd単結晶での実験を行う。また、別予算で導入した中性子ホログラフィー用の冷凍機も2022年度に使用する。これにより水素の熱振動を抑えることができるので、より明瞭な水素像が得られると期待している。粉末中性子ホログラフィーについては、2022年度前半で2回実験を行い(合計7日程度)高分解能の1次元ホログラムを得る。理論計算との比較から、粉末での局所構造観測の精度を評価する。これに成功すれば、重元素でのXAFS法に匹敵する用途の広い水素観測手法となる。
すべて 2022 2021 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件) 学会発表 (5件)
Applied Physics Letters
巻: 120 ページ: 132101~132106
10.1063/5.0080895