研究実績の概要 |
鏡像異性体間のエネルギー差が電子励起により大幅に増大することがあることを示した。カイラルな構造を持つ分子では、そのパリティ対称性を破る構造を起因として原子核-軌道電子間の弱い相互作用によるエネルギー差が生じることが知られている。この鏡像異性体間のエネルギーへの各軌道からの寄与は互いにキャンセルして、分子全体としては小さな値となることが知られている。特に、最高被専軌道やその近辺のようなエネルギーの高い軌道の寄与は、各軌道の総和の値よりも非常に大きい。そのため、研究代表者は電子励起やイオン化状態ではこのキャンセルが崩れることにより、大きな鏡像異性体間のエネルギー差が得られる可能性を指摘していた。 本研究では、構造が簡単で鏡像異性体の性質を調べるのによく用いられるH2X2 (X=O, S, Se, Te) 分子を対象として、EOM-CC-FFPT 計算により励起状態での鏡像異性体間のエネルギー差を計算することに成功した。その結果として電子状態によっては100-300倍の増幅を示す励起状態があることを発見した。 この電子励起による鏡像異性体間のエネルギー差の増大は、実験による鏡像異性体間のエネルギー差の検出の実現に向けた一つのアイディアとなるのではないかと期待している。 この励起状態による鏡像異性体間のエネルギー差の増大は、H2X2のH-X-Xのなす角度(H-X-X平面とX-X-H平面がなす二面角)に大きく依存しており、増大が大きい角度と増大しない角度があることも明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
鏡像異性体間のエネルギー差の電子励起による数百倍の増大が起こりうることを示したが、この増大は分子全体としての電子カイラリティの値にも起こりうる。分子全体の電子カイラリティも各軌道からの寄与がキャンセルする構造となっているからである。H2X2 (X=O, S, Se, Te) 分子を対象として、分子全体での電子カイラリティが増大することを数値計算による実証を進める。この分子全体での電子カイラリティはニュートリノ等との相互作用の断面積の鏡像異性体間の差い直接影響する量なのでより重要なものである。 また、鏡像異性体間のエネルギー差の電子励起による数百倍の増大がアミノ酸や他の鏡像異性体の分子でも一般に起こるか調べていく。特にこのエネルギー差を実験で探索していくという視点から、どのような分子でどれだけ大きなエネルギー差を予言するか調べ、実験で用いるのに良い分子を提案していく。 また、鏡像異性体間のエネルギー差の増大は、電子励起だけでなくイオン化でも起こりうる。イオン化における増大の数値計算による検証を行う。
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