材料中の結晶回転帯を利用した「キンク強化」が、金属材料の革新的な強化機構として注目され、本概念を高分子・セラミックス材料にまで展開することが求められてきた。申請者は、優れた強度をもつ反面、塑性変形能に乏しいセラミックス材料では、キンクを塑性変形因子として利用した「キンク強靭化」こそが有効だと考え、これまでその実効性およびメカニズムを調査してきた。本研究は、当該領域 (MFS材料科学) の第1期公募研究で我々が報告したイットリア安定化ジルコニア (YSZ) セラミックスにおける回転型キンク形成機構をより深く理解するとともに、この知見を結晶対称性の高い立方晶型の酸化物セラミックス群へと展開することを目指し実施された。 本研究では、立方晶型の酸化物セラミックス群 (YSZ、Y2O3、MgAl2O4、SrTiO3) を対象に、単結晶マイクロピラー圧縮試験および結晶塑性有限要素計算によって塑性変形能の方位依存性を調査した。特にYSZでは、先行研究からキンク形成が予想された<111>圧縮軸方位において、公称ひずみ40%に至っても亀裂を生じない優れた塑性変形能を確認した。この塑性変形能は、破壊の起点となる変形局在化が多重すべりによって抑止されたことに起因しており、このとき座屈(キンク)のような極端な変形モードをも許容しうることが示唆された。多重すべりによる塑性変形能の向上はY2O3、MgAl2O4においても観測された一方、SrTiO3では多重すべりが変形を阻害する作用を果たすことが明らかとなった。 このように、一部の酸化物セラミックスが多重すべりによって広い意味で強靭化され、その際にキンク変形を生じうることが明らかとなった。本研究ではキンク形成をきっかけにして、すべり変形に基づいた強靭化の可能性に迫るとともに、セラミックスの力学特性分野における多くの基礎的知見を得ることができた。
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