研究実績の概要 |
カイラル対称性はハドロンが現れる物質の階層において重要な役割を果たすと考えられている。裸のクォークの質量が0の極限において、パリティのみが異なるカイラルパートナーは同じ質量である。現実の世界では有限のクォーク質量がクォークと反クォークの凝縮をもたらし、カイラルパートナーに違った質量を与えると説明されている。しかしながら基本粒子である核子のカイラルパートナーですらまだよくわかっていない。核子Nのカイラルパートナーの候補とされる核子共鳴N(1535)S11の構造を明らかにすることを目指す。S11はηNチャンネルに強く結合するため、低エネルギーηN散乱の情報がS11の構造を反映する。本研究では、ηメソンと中性子nの散乱の寄与を露わに含む最適な運動学で、重陽子d標的でのηメソン光生成反応の微分断面積を測定し、ηN散乱の散乱長を評価した [Acta Phy. Polon. B 51, 27 (2020)]。得られた散乱長は想定していたよりも短いと考えられ、ηn閾値近傍で十分なエンハンスが見られなかった。また重陽子標的でのコヒーレントなπ0メソンとηメソンの同時生成反応についても解析を行い、ηメソンと重陽子の散乱長を決定した [Phys. Rev. C105, 045201 (2022)]。決定したηd散乱長についても、ηN散乱長がそれほど大きくないことと矛盾せず、やや小さめの値を示していた。散乱長が想定より短いことから、ηN相互作用が弱いと考えざるを得ない。このことはS11の構造がηメソンと核子の分子的な状態であることを示唆しているかもしれない。核子のカイラルパートナーについて再検討が必要であり、今後π-p→ηn反応など吸収過程となる反応についても調べることで S11 がηNの分子状態であることをまずは確認したい。
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