ハイエントロピー合金を構成する原子種のサイズのばらつき(原子サイズ分散)と機械特性の関係を明らかにするために,分子動力学シミュレーション上で異なる機械特性を持つモデルの非弾性挙動(塑性変形・き裂進展)を再現し,その統計的性質やダイナミクスの特徴解析を行った。シミュレーションにおいては,昨年度の先行調査によって選定した範囲でパラメーターを与えることで原子サイズのばらつきを設定し,引張変形下での塑性変形を加えた。この結果,原子サイズ分散が大きくなることで流動応力および延性の向上が見られた。塑性イベントは間欠的に発生し,その塑性規模は塑性およびき裂進展モードでともに臨界塑性挙動に特有のベキ分布を示した。一方で,分布の特徴指数は原子サイズ分散によらず同程度の値をとり,内部でき裂進展が進行する状況においても顕著な変化は観察されず,非弾性変形のモードによらない強い普遍性を持つことが示唆された。 結晶方位の異なる領域が隣接する境界は結晶粒界と呼ばれ,材料破壊において重要な役割を果たす。本モデルでの粒界き裂進展においては,小さなサイズ分散をもつ系では全体が一気に破断する脆性的な挙動が見られたが,サイズ分散の大きな多元系においては,き裂が間欠的に進展と停止を繰り返す挙動に切り替わり,き裂進展に対する抑制効果がもたらされることが分かった。ただし,本研究期間中に得られたデータの範囲では,この挙動の統計特性に臨界的な特徴を確認することはできなかった。き裂進展抑制の原因として粒界形状の乱れに注目し,粒界高さプロファイルの揺らぎと平均進展距離の相関を調べたが,粒界形状よりもサイズ分散の影響によるものであることが明らかになった。このことから,サイズ分散による粒界エネルギーの低下が直接的にき裂進展を抑制し,粒界形状の乱れは粒界のエネルギー低下の副次的な影響であったことが示唆された。
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