発達障害の病態を理解し、その治療法を開発することは、神経科学研究の大きな課題の一つである。発達障害の病態として、発達期のシナプスの成熟異常が考えられている。しかし従来の研究は、「細胞のごく一部のシナプスを対象とする研究」か「細胞全体の入出力の総和を解析する研究」である。ゆえに、シナプスレベルの理解と細胞レベルでの理解には、依然として階層(スケール)のギャップが存在している。そこで本研究では、この階層のギャップを埋める新たなアプローチを創出し、個体の脳内の1神経細胞で数千個のシナプスの成熟度を網羅的に理解できるようにする。そのうえで、申請者がこれまでに開発した生体脳内ゲノム編集・分子イメージング技術SLENDR/vSLENDR、生体脳でのモザイク病態細胞モデリング技術、およびSLENDR/vSLENDR用の豊富なゲノム編集ライブラリーを有効に組み合わせることで、発達障害の病態メカニズムを分子-シナプス-細胞のマルチスケールで一気通貫に理解することを目指した。2022年度は、興奮性シナプス伝達の担い手であるグルタミン酸受容体に着目し、生体脳内ゲノム編集・分子イメージング技術「SLENDR/vSLENDR」および最先端の化学ラベリング技術を駆使して、細胞膜表面および細胞内プールに存在する内在性のグルタミン酸受容体の各サブユニットを区別して標識できるようにした。具体的には、各サブユニットをラベルするためのゲノム編集コンストラクトを子宮内電気穿孔法でマウスに投与してゲノム編集によるノックインを行い、大脳皮質でAMPA型グルタミン酸受容体およびNMDA型グルタミン酸受容体の各サブユニットが樹状突起スパインのヘッドに集積していることを確認した。大脳皮質内の1神経細胞で1000個以上の各シナプスでのグルタミン酸受容体の定量を行える目途がついた。
|