ストレス適応の脳内メカニズムの統合的理解には、分子・細胞・回路・行動を個別に把握するだけでなく、階層横断的な解析が必要である。「動物らしさ」を特徴づける個体差・性格・個性や精神病態の異種性の発現メカニズムを理解するためには、化学物質を生き物に変換する役割を担う分子複合体階層が重要である。しかしながら、現状の分子から行動に至る多階層解析においては、細胞内分子複合体の動態と脳機能との因果を十分に理解するに至っていない。本研究では、分子とその上位階層(細胞・回路・行動)との間をつなぐ”分子複合体”の微小空間での動態を観測・計測・操作し、精神疾患発病脆弱性との関連が指摘されている「ストレス適応機能」との因果を解析することにより、ストレス感受性制御の構成的理解を目指す。2021年度は、ストレス感受性制御に関わるKDM5C複合体の同定を目的としてプロテオミクス解析を行い、ヒストン脱アセチル化酵素HDAC5や転写因子を同定した。そこで2022年度は、HDAC5のストレス対処行動に対する役割の検討を行った。その結果、HDAC5阻害剤投与マウスはストレスレジリエンスと抗うつ様行動を示すことを見出した。また、うつモデルマウスはスパイン密度減少を示すが、HDAC5阻害剤投与マウスにおいてはこの構造的可塑性異常は消失していた。以上の結果から、心理社会ストレスによるKDM5C-HDAC5複合体の形成が神経可塑性異常を誘発し、その結果うつ様行動の発現に関与することが示唆された。本成果により、異常な分子複合体を標的とすることで特定の細胞機能を回復させることのできる分子技術の開発や創薬研究につながることが期待できる。
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