言語データの解析において、宮古方言と八重山方言は互いに近い関係にあり、沖縄本島方言(久米島方言を含む)および奄美方言とは離れていたことから、南琉球方言と北琉球方言の分類の妥当性が示された。九州方言が南琉球と比べて北琉球に近いということもなく、地理的な位置関係とはあまり関係がないことがわかった。一方、ゲノムデータにおいては、一部の奄美群島出身者に本土からの遺伝的影響がみられたほか、八重山諸島集団が他の琉球列島集団と比較して本土集団と遺伝的に近いことが示された。また、宮古諸島集団(特に池間島・伊良部島集団)および久米島集団が遺伝的に大きく分化していることもわかった。このように本研究において、言語的近縁性と遺伝的近縁性には大きな乖離があることが示された。これは、ゲノムが親子間で垂直伝播するのに対し、言語は水平伝播をすることによる違いであろう。つまり、遺伝的な交流がなくとも、文化的な交流は可能であり、文化や言語は容易に伝播して上書きされてしまうことを示している。 与那国方言は、孤立により著しく変化し、八重山方言とは異なる方言として認識されている。しかしながら、与那国島集団は、八重山諸島の他の集団と同様の遺伝的背景をもつことが示された。また、本研究によって、与那国方言は沖縄本島方言の影響を受けている可能性も示された。その影響は、それぞれの語がもつ特徴によって変わり、また、語彙と音韻でも異なることが示唆された。 本研究は、琉球列島におけるヒトの移動と言語の伝播の両方を解析したはじめての研究である。まだ端緒についたばかりの段階であるが、このような研究により、言語や文化の伝播の仕方についての理解が一層深まることが期待される。
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