細胞内で小胞などを輸送する並進型発動分子であるkinesin 1(以下キネシン)は、ATPの加水分解をエネルギー源として、微小管の上を 歩きながら力学的な仕事を行っている。我々は以前の研究において、そのエネルギー入出力をin vitroで定量したところ、入力された多くの化学的エネルギーが見えない形で散逸しており、あたかも効率の悪いモーターのように見えた。そこで私は、実際に彼らが働く環境である生きた細胞の中に最適化されているのだろうと仮説を立て、細胞内と同等の環境をin vitroで人工的に構築し、その中でキネシンの運動を観察することで、その仮説を実証する研究を続けてきた。 昨年度までに、細胞内で見られる非熱的なゆらぎを人工的に生成し、光ピンセットを用いて外力のゆらぎとしてキネシンに与えながらその運動の解析を行った結果、キネシンは特に高い負荷において外力のゆらぎに誘導されて加速することを見出した。これにより細胞内のように混雑して粘性の高い環境下においても in vitroでの無負荷時と同程度の速さが実現できることが示唆された。 本年度は、これまで非熱的なゆらぎのみを再現したin vitroの計測環境をさらに実際に生きた細胞の内部に近づけるべく、混雑した環境の構築を行った。粒径や粘度のコントロールが容易な混雑物質としてポリエチレングリコールを選択し、細胞内のように混雑した環境をin vitroで構築したうえで、光ピンセットを用いたキネシンの1分子力学操作を行った。その結果、1分子のキネシンが通常のin vitro環境とは異なる外力速度関係を示すことを見出した。 また、これらの成果を解説する日本語総説と雑誌記事をそれぞれ発表し、2件の国内招待講演と1件の国際会議での招待講演を行った。
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