ヒト生体内での感染症発症機序を理解することは、新しい切り口での感染症対策を講じるためにも重要である。しかし、これまでのウイルス研究は、ウイルス量の増えた感染後期の段階を想定した条件下で実験が行われていたため、生体内での感染拡大の機構はほとんどわかっていない。我々はこれまでに粒子数を厳密に制御 した定量的ウイルス感染実験系を構築し、ある一定の粒子数が細胞に曝露すると感染細胞数が爆発的に増えることを見出している。これをウイルス感染のシンギュラリティ現象と定義し、本研究においてその分子メカニズムの解明に挑んだ。R3年度までに樹立したカルシウムバイオセンサーO-GECO恒常発現細胞株を用いて、ウイルス感染後のカルシウムダイナミクスを細胞集団レベルで詳細に解析した。その結果、感染細胞でカルシウム濃度上昇が生じた後、近接する細胞においてカルシウム濃度上昇が伝播する現象、"propagating-wave"が発生することを見出した。R4年度は、このpropagating-waveを大阪大学永井教授、市村准教授らとの共同研究によりAMATERASを用いて観察し、その発生頻度がウイルス感染によって増加することを見出した。また、wave発生に鍵となるウイルス側タンパク質を同定した。さらに感染細胞から分泌される小分子を特定し、propagating-waveの発生を抑制する複数の阻害薬を同定した。それらがin vitroおよびin vivoで感染抑制効果を有することも明らかにした。以上から、本研究成果が抗インフルエンザウイルス薬開発への基盤となることが期待される。
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