ウイルスは宿主細胞に侵入後、宿主遺伝子発現機構をハイジャックし、ウイルス粒子を構成する蛋白質群を発現する。これらの蛋白質群は細胞内で集合し、巨大な蛋白質複合体であるウイルス粒子を形成する為、細胞内のウイルス粒子数はウイルス蛋白質量に依存することが考えられるが、この関係性の定量的な解析は未着手である。この課題に取り組む為には感染細胞におけるウイルス蛋白質の量と、その細胞における感染性ウイルス粒子数を同時に解析する実験系の確立が必要であったが、我々は単純ヘルペスウイルス(HSV)の組み換え技術を駆使することで、この系の確立に成功した。昨年度までに、感染細胞における感染性ウイルス粒子数は細胞のウイルス蛋白質量が少ない範囲では増加しないが、ある値を超えると劇的に増加することが明らかになった。言い換えれば、感染細胞のウイルス蛋白質量には感染性ウイルス粒子の産生が爆発的に増加する特異点(シンギュラリティ)が存在することになる。また、ウイルス蛋白質量が特異点を超えた細胞の割合は、感染初期では集団の1%以下であったが時間経過と共に増加していた。従って、感染細胞はウイルス産生の“ON”と“OFF”の状態が明確に区別可能であり、ウイルス増殖は「ウイルス産生がONとなった細胞数が増加するデジタルな現象」と捉え直すことができる。令和4年度はHSV感染細胞のscRNA-seq解析によって、HSV感染細胞におけるウイルス産生の“ON”と“OFF”の運命に関与する宿主因子の同定に至った。
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