研究領域 | シンギュラリティ生物学 |
研究課題/領域番号 |
21H00441
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
昆 俊亮 東京理科大学, 研究推進機構生命医科学研究所, 講師 (70506641)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | シンギュラリティがん細胞 / がん臨界 |
研究実績の概要 |
腫瘍組織は特殊な微小環境が整備されており、がん細胞によって教育された間質細胞が腫瘍進展に有利に作用する。しかしながら、がん細胞が基底膜を通過し間質内へと浸潤したとき、すなわちがん細胞が正常間質細胞と初めて接触した際にどのような相互作用が生じるかはよく分かっていない。研究代表者らのこれまでのマウスを用いた研究結果より、正常間質組織は本来抗腫瘍的な場であり、Ras単独変異など比較的悪性度の低い変異細胞は排除されるのに対し、APC/Ras二重変異など悪性度の高い細胞は「シンギュラリティ細胞」として、正常間質からがん間質へと臨界現象をもたらすことを示唆する結果が得られていた。そこで、悪性度の異なるがん細胞と正常間質細胞との間でどのような細胞間相互作用が生じるかを培養細胞を用いて解析した。その結果、RasV12単独変異細胞を正常線維芽細胞と共培養した際、線維芽細胞と接触したRasV12細胞では、細胞内に液胞が蓄積し、頻繁に細胞死することが分かった。一方、β-catΔN/RasV12細胞を正常線維芽細胞と共培養した場合では単独培養時と同様の細胞増殖率、生存率を示した。これらの結果より、正常線維芽細胞はRasV12単独変異など悪性度の低い細胞に対しては、物理的に作用することにより変異細胞の増生を抑制する機能を有するが、Ras変異にβ-cateninの活性化変異をさらに負荷し悪性度が憎悪すると、この抑制効果が干渉されることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「研究実績の概要」に記載したとおり、正常線維芽細胞と物理的に接触したRasV12単独変異細胞は細胞死することを示唆する結果がこれまでに得られている。一般的に、線維芽細胞はがん細胞の増生を助長することが知られているため、上記の知見はこれと相反する結果であり、大変興味深い現象であると捉えている。この現象の分子論的メカニズムを解明するために、近接細胞蛍光標識技術であるsecretory GPI-anchored reconstitution-activated highlighting intracellular connections (sGRAPHIC)法を用いて、ある特定の細胞に近接した細胞のみを標識することが可能な実験系の立ち上げを進めている。sGRAPHIC法では、GFPの2分割断片を異なる細胞にそれぞれ発現させることで、これらの細胞が空間的に近接した際にGFPが再構成する技術である。これまでに、MDCK細胞を用いて、活性化Ras変異細胞に隣接する正常細胞のみをGFPで標識することに成功しており、今後はがん変異細胞と正常線維芽細胞との共培養系に応用し、がん変異細胞に接した正常線維芽細胞で生じる性状変化を解析する予定である。また、マウス生体内でAPC/Ras変異がん細胞が産生された際の間質細胞の遺伝子発現変化を網羅的に解析するため、空間的遺伝子発現解析であるVisiumを実施し、腫瘍部の線維芽細胞を含めた間質細胞の遺伝子発現情報を解析中である。
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今後の研究の推進方策 |
sGRAPHIC技術を用い、まずDox依存的に活性化Ras変異並びに分泌性のc末GFPを発現する細胞株を樹立する。また並行して、細胞膜にn末GFPを恒常的に発現する正常線維芽細胞株を樹立する。これらの細胞株を混合培養した際に、Ras変異細胞に接した線維芽細胞のみでGFPが再構成、標識されるかをタイムラプス観察により確認し、近接標識技術の効率を検討する。十分な標識率が認められた場合、Ras変異細胞に接した正常線維芽細胞と非接触の正常線維芽細胞をFACSソーティングにより分離し、各細胞のトランスオミクス解析を行うことで、正常線維芽細胞が有する抗腫瘍機能の分子本態の手掛かりを得る予定である。また、APC/RasV12変異マウスにて、がん細胞が出現してから腫瘍が形成されるまでのいくつかのタイムポイントにおけるVisium解析を実施し、正常間質からがん間質に遷移する過程での間質細胞の遺伝子発現の変化を網羅的に解析する予定である。
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