前年度までに,加齢に伴う諸変化に対して高齢者が保つ会話のシステム・レジリエンス特性から会話行動が変化,それに対応する若年成人の会話時の意思決定,会話の言語特性,認知的負荷が変化する可能性が示され,とりわけそれは話者交替(turn-taking)に顕著であることが示された.そこで本年度はこの仮説的枠組みから,実験室内で健康な高齢者と若年成人(大学生)の同世代/異世代間ペアで行われる会話において,話者交替の様相を比較する実験を行い,心理モデル化を試みた.二者間会話での話者交替を観察する実験課題として,各々が個室に入った状態での音声対話において,各自の画面にそれぞれ5枚の画像が提示され,「それぞれ1枚,相手には提示されていない画像があるのでそれがどれかを当てるゲーム」としてリスト完成課題を行い,そこでの発話内容,発話タイミング等の言語特性,さらに継続的な認知的負荷計測(二重課題で行うタッピング課題でのタップ速度)等のデータを収集した. その結果,若年成人は同一世代会話よりも異世代間会話において,認知的負荷が全体として高いことに加え,自らが話し始める前の認知的負荷の上昇のタイミングが早いことが示され,Drift-Diffusion Modelのパラメタ推定から,高齢者との会話において話者交替の際の反応バイアスの存在が示された.一方若年成人同士だが親密度(familiarity)が異なる友人ペアと初対面ペアでは,後者の認知的負荷が全体として高いことは対高齢者ペアと同様であるが,話者交代時の認知的負荷上昇のタイミングについては2条件間に差はなく,高齢者-若年成人の異世代間会話において,特に話者交替時の認知的過程に若年成人側の負荷が高まることが示された. なおこの課題では二重課題利用という実験課題の複雑さのため,高齢参加者の認知的負荷測定は容易でなく,今後の課題とされた.
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