研究領域 | 生涯学の創出-超高齢社会における発達・加齢観の刷新 |
研究課題/領域番号 |
21H05323
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鈴木 敦命 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 准教授 (80547498)
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研究期間 (年度) |
2021-09-10 – 2023-03-31
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キーワード | エイジング / 信頼 / 直感 / 妥当性 / バイアス |
研究実績の概要 |
人間は他者が信頼できるか否かを顔つきなどから直感的に判断する。この直感的信頼の成人期発達については、社会的経験の蓄積により他者の真の信頼性を正しく反映する妥当性が高まる可能性(熟達化説)と、脳の加齢変化により他者を信頼しすぎるバイアスが強まる可能性(ポジティブ化説)が考え得る。本研究では、顔に基づく直感的信頼を高齢者、中年者、若年者の三世代間で比較する実験を行い、上記2つの仮説を検証することを研究期間全体としての目標としている。2021年度においては、参加者の年齢層に加え、参加者が課題を有意義なものだと感じる程度(課題有意義性)を関心要因とし、直感的信頼の世代間差と状況依存性を探る実験を行った。実験の結果、顔に基づく直感的信頼について、高齢者は若年者・中年者よりも正確性が高く、バイアスが弱いことを示すデータが得られ、加齢に伴う社会的認知能力の向上が示唆された。ただし、課題有意義性の効果は認められなかった。この研究成果は、2022年度に国内外の大会で発表する予定である。以上に加えて、高齢者と若年者が他者を信頼するか否かの判断をしている間の脳活動を計測した実験データの再分析を行い、年齢層によらず、他者を信頼しやすいバイアスが腹側線条体や島皮質前部の活動と関連することを見出した。この研究成果は、他者を信頼した時に感じるポジティブ感情や信頼しなかった時に感じる罪悪感が他者を信頼するか否かの判断に関係していることを示唆するものであり、2021年のPsychonomic Societyの年次大会において発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度の研究では、顔に基づく直感的信頼の妥当性とバイアスの高齢者、中年者、若年者の三世代間差に課題の有意義性が与える影響を検討した。実験参加者が取り組む主要な課題は、真顔の写真から受ける直感的印象だけを手がかりとして、顔写真の人物が「信頼できる人」か「信頼できない人」かを回答する顔信頼性判断課題であった。顔写真の人物は過去の研究の参加者であり、その際に行動経済学的ゲームを用いて実際の協力的傾向が測定されていた。今回の実験の参加者は、以上のようにこの課題には正解/不正解があると教示される「低恣意群」と、この課題には正解/不正解がないと教示される「高恣意群」に無作為配置された。これは課題有意義性の操作を意図したものであり、低恣意群は高恣意群よりも顔信頼性判断課題を有意義なものと感じることを想定した。顔信頼性判断課題で信頼できない人を正しく信頼できない人に分類することをヒット、信頼できる人を誤って信頼できない人に分類することをフォールス・アラームとして、信号検出理論に基づいてd'とCを算出した。d'とCを従属変数として年齢群×課題の恣意性の参加者間二要因分散分析を行った結果、いずれも年齢群の主効果のみが有意であり、平均値は高齢者>中年者>若年者となった。Cの平均値は総じて負であり、年齢が高くなるほど0に近かった。この結果は、高齢者の直感的信頼が若年者・中年者よりも正確性が高く、バイアスが弱いことを示すものであり、加齢に伴う社会的認知能力の向上を示唆する。以上の研究は、当初の計画通りに実施され、かつ、興味深い知見も得られたことから、研究はおおむね順調に進展していると評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度の研究では、顔に基づく直感的信頼の妥当性とバイアスの高齢者、中年者、若年者の三世代間差に印象操作が与える影響を検討する計画である。 【背景・目的】直感的信頼は笑顔の表出という簡単な印象操作で高められる。そこで、2022年度の研究では、直感的信頼の世代間差が印象操作に対してどの程度頑健であるのか、或いは、印象操作によって変容するのかを検討する。 【方法】実験参加者は2021年度と同じ顔信頼性判断課題に取り組む。ただし、全参加者に対して、信頼できる/できない人の区別は各人物の真の特性を反映したものであること(つまり、取り組む課題には正解/不正解があること)を伝える。半数の参加者(真顔群)には2021年度と同様に真顔の写真を提示し、残り半数の参加者(笑顔群)には同一人物の笑顔の写真を提示する。 【明らかにすること】2021年度と同様の方法でd'とCを算出し、直感的信頼の正確性やバイアスの年齢関連差が顔写真の表情から受ける影響を明らかにする。例えば、笑顔に対しても高齢者の直感的信頼の妥当性(d')は高いままなのか、笑顔によって直感的信頼のポジティブバイアスが強まる(Cが大きくなる)傾向に年齢関連差はあるのかなどが主要な関心事である。
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