人間は,様々な物体や事象から発せられた膨大な感覚信号に常にさらされている。これらの情報全てを脳は一様に処理するのは難しいため,注意による情報の取捨選択を行い,重要な信号を選択的に処理している。一般的には,加齢に伴ってその特性が変化し,機能が低下することが知られている。この機能は,特に自動車の運転や振り込め詐欺等といった,高齢化による社会問題の一部と密接に関与していることから,高齢者の注意機能の様相の全容解明や注意機能の低下に対する解決策の確立は喫緊の課題である。 この目的を達成するためには, 若齢者と高齢者の注意機能の様相の比較から,加齢に伴う注意機能の変容を明らかにする必要がある。加えて,その知見を基盤として, 脳の可塑性による高齢者の注意機能の改善手法を確立することを目指す。
昨年度に引き続き,移動する音に対する聴覚的注意効果とその加齢変化について検討を行った。実験では,聴取者の正中矢状面に沿った奥行き方向に並べられた複数のラウドスピーカから音刺激を連続呈示し,参加者に向かって音を接近させた。参加者の聴覚刺激に対する反応から注意効果の定量化を試みた。実験の結果,接近する聴覚刺激に対する反応が若齢者と高齢者で大きく異なることを示した。さらに今回は,外界からの感覚情報を調整する営みである内受容感覚との関連性を示した。注意の精度は入力される感覚情報処理の精度に依存することから,これを調整する内受容感覚への理解は,本研究課題において重要である。よって本研究の結果は,脳の可塑性で高齢者の注意機能を改善できる可能性を示している。
|