本研究の目的は,嗅覚と認知機能との関連性を解明することである.花や果実などの芳香の情報は嗅神経を介して,身の危険を知らせる刺激臭の情報は三叉神経を介して中枢神経系へ伝えられる.嗅覚の異なる神経経路に着目し,認知機能との関連性の差異を明らかにする.認知機能としては脳内コリン作動系が関わる注意機能や弁別機能との関連に着目する.特に高齢者における特徴を明らかにする. 前年度は地域在住高齢者におけるパイロット研究の解析で,嗅神経を介する匂いの域値上昇(感度低下)と弁別・注意機能の低下との関連性を示した.嗅神経を介する匂いとは異なり,三叉神経を介する匂いの域値(感度)と注意機能との間に関連性は見いだされなかった. これらの研究成果を元に,2022年度は嗅神経と三叉神経の神経経路の異なる嗅覚刺激で誘発される脳血流反応の差異を調べる基礎研究を行った.麻酔下ラットの嗅球と新皮質の血流をレーザースペックル血流画像化装置あるいはレーザードップラー血流計を用いて連続的に測定した.嗅神経の刺激は嗅球の局所血流を特異的に増加させた.一方,鼻粘膜に分布する三叉神経の刺激は,嗅球よりも新皮質の局所血流を増加させる結果が得られた.嗅神経と三叉神経の神経経路の異なる匂い刺激は,脳血流に及ぼす影響が異なることが基礎研究で明らかとなった. 嗅覚は認知症の最も初期から顕著に低下する機能である.本研究は超高齢社会において,(1)神経機構に基づく新しい嗅覚・認知機能研究の提案,(2)高齢者の認知機能低下を早期に発見・予防する嗅覚刺激法の開発の点で,生涯学研究の推進に貢献する.
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