研究実績の概要 |
ゲノム解析による集団史の研究は、ヒトそのものだけでなく、ヒトが文化として伝播させた栽培生物やその病原菌、そして文化進化の解析にも新たな知見をもたらす。そこで、コムギ、うどんこ病菌に加えて、ヒトゲノム多型情報を利用して、言語進化の解析をおこなった。進化学の祖チャールズ・ダーウィンは、その代表的著書「種の起源」(1859年)の中で、「ヒトの遺伝的な系統関係が完全に分かれば、現在世界で話されている様々な言語の最もよい分類ができるだろう」という仮説を述べた。この大胆な仮説は、言語進化には垂直伝達が主要な役割を果たすことを前提としている。1980年代から遺伝学者によってこの説を支持するデータが出された一方、ハンガリー語話者のように言語転換した例も多い。そこで、本研究では、295言語を話す397人類集団の計4,030人のゲノムDNA多型情報と言語族情報を集めたデータベースGeLaToを作成した。例えば、ハンガリー語はウラル語族に属すが、ハンガリー語話者と遺伝的に最も近いのは、印欧語族の話者だった。このようなケースを飛び地と名付けた。全言語集団の約20%もが飛び地のパターンを示した。一方、ダーウィンの仮説と合致して遺伝的に近い集団が同じ語族の言語を話すケースはより多く見られた。つまりダーウィンの仮説のように言語進化と遺伝的進化は同調することが多いが、しない場合も頻繁にあった。さらに、それぞれの言語族が、遺伝的に近縁の集団だけで話されているのか遠縁の集団でも話されているのかについて、地理的な距離も考慮に入れて解析した。その結果、印欧語族やシナ・チベット語族などは、遺伝的に近い集団で話されている傾向があった。一方、ウラル語族やトルコ語属などは遺伝的に遠い集団でも話されていた。このように網羅的に語族を解析することで、言語転換は例外的でなく世界中で起きていることを示すことができた。
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