研究実績の概要 |
ゲノム解析による集団史の研究は、ヒトそのものだけでなく、ヒトが文化として伝播させた栽培生物やその病原菌の解析にも新たな知見をもたらす。パンコムギは約8,000年前に西アジアで起源して以来世界に広まり、現在最も耕地面積が多い栽培植物である。パンコムギの西向きの伝播では、ヨーロッパから最終的にアメリカやオーストラリアに広まった。東へ向かっては4,000年前にはプロトシルクロードを通って中国に伝播していたと考えられ、東の果てとしての日本へも2,000年前には到達したと考えられている。この伝播過程では、パンコムギと共にうどんこ病などの病原菌も世界に広まったと考えられる。そこで、パンコムギのゲノムデータと共に、コムギに感染するうどんこ病菌について世界各地の172系統のゲノムを解析した。その結果、パンコムギもうどんこ病菌ともに、欧米とアジアの系統が分岐しており、ヒトがコムギを西洋と東洋に伝播した際にうどんこ病菌も広げた可能性が示唆された。これまでのゲノム研究はコムギ・うどんこ病菌共に西洋系統が中心であったが、東洋のコムギ・うどんこ病菌共に高い多様性がみられた。予想外に日本のうどんこ病菌は、東アジア在来の菌株とアメリカ由来の菌株の雑種に由来することが発見された。これは近代以降にアメリカのパンコムギ品種が日本のコムギ育種に使われた際に、アメリカの品種とともにうどんこ病菌が日本に運ばれて交雑したためと考えられる。この結果は、宿主であるパンコムギでもアメリカの品種由来のゲノムが日本品種に取り込まれていることと一致する。さらに日本のうどんこ病菌株とは異なり、中国のうどんこ病菌は、近代以降にヨーロッパ菌株との交雑したことが明らかになった。これらの結果は、新石器時代から今に至るまで、ヒトが穀物であるパンコムギを広めるとともにうどんこ病菌を伝播させたことを示している。
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