本年度は、本領域の重要な研究対象である分子性結晶中のキャリア輸送過程における、i)単分子レベルの化学修飾の効果、ii)結晶中の分子格子振動の効果の2点を明らかにする検討を行った。対象として、1つの一重項励起子が2つの三重項励起子に分裂する過程である一重項分裂(SF)に着目した。この過程は励起子キャリアが倍増することを利用した有機薄膜太陽電池への応用や、中間状態として生成する相関三重項対(TT)を利用した、物質系における量子もつれ状態の生成・輸送過程としても注目を集めている。i)についてはSFによるTT生成速度や効率向上に最適なアセン類へのヘテロ原子置換位置を理論計算を用いて明らかにした。ii)についてはSFに対する熱ゆらぎ効果を考慮する量子・古典ハイブリッド型の計算スキームを新たに開発し、ペンタセン分子性結晶における熱的構造ゆらぎがSFを高速化する機構を初めて理論計算により明らかにした。両成果は国際的物理化学誌に掲載され、特に後者はSupplementary Coverにも採択された。 反芳香族分子の積層系については、最小の4nπ電子環状共役系であるシクロブタジエンのN量体モデルを用いて、i)二量体積層系が孤立系よりエネルギー的に安定化するための条件、ii)積層系の芳香族性変化に対する新しい解釈、などの解明に取り組んだ。i)では芳香族性や物性の変化に大きな影響を与える分子間軌道(電荷移動)相互作用と、分散力などそれ以外の効果のエネルギー安定化に対する寄与を分割解析し、積層距離が3A付近での集合系形成には両者のバランスを考慮した分子設計が重要であることを見出した。ii)では、高精度な量子化学計算に基づく解析法を駆使し、積層系の芳香族性変化には、前述したSFの研究に現れる相関三重項対(TT)に状態が深く関わることを初めて明らかにした。これらの成果は国際的学術誌に投稿予定である。
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