研究領域 | 不均一環境変動に対する植物のレジリエンスを支える多層的情報統御の分子機構 |
研究課題/領域番号 |
21H05656
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
中道 範人 名古屋大学, 生命農学研究科, 教授 (90513440)
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研究期間 (年度) |
2021-09-10 – 2023-03-31
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キーワード | 植物 / 概日時計 / 周期 / 温度補償性 / タンパク質 / ユビキチン修飾 |
研究実績の概要 |
時計の重要な性質の1つに「周期の温度補償性」とよばれる環境の温度変化への抵抗性が知られており、これは刻々と変化する環境下でも一定の時計進行スピードを保つ意義がある。一般に温度が高くなれば化学反応の速度は速くなることが、「アレニウスの式」によって示されている。時計の周期の温度補償性は、アレニウスの式から逸脱した反応であり、その謎は現在も多分野の科学者の興味を引きつけている学術的にも重要な課題だ。 温度補償性の謎の解明を目指して、独自に整備してきた周期変異体セットの形質を詳細に解析したところ、ある時計変異株が極めて損なわれた温度補償性の形質を示すことを見出した。この時計変異体の表現型は、28°Cではより強く、12°Cでは消えることが判明した。これは、該当する時計遺伝子の機能が温度に依存することを暗示していたが、実際に低温で時計タンパク質量が減少することを見出した。低温に依存したタンパク質の減少は、地上部でも根でも同様に観察された。またこの減少に先立って、時計タンパク質はポリユビキチン修飾を受けていた。以上より、周期の温度補償性に極めて重要なタンパク質の量的制御を見出すことができた。 さらにこの時計タンパク質の低温依存的なユビキチン化修飾の詳細をさぐる第一歩として、低温依存的なユビキチン化アミノ酸サイトを質量分析で決定することができた。ユビキチン化修飾をうけるサイトは、複数箇所あることが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
植物の時計の温度補償性の研究は、変異体の解析にとどまっており、分子レベルのしくみは重要な未解決の問題として残されていた。本研究では、ある変異体の温度補償性が最も劇的に損なわれていることを見出していることから、この遺伝子こそが温度補償性の謎を解く鍵遺伝子と考えられる。また低温依存的な、本時計タンパク質の分解およびそれに先立つユビキチン化修飾を発見することもできた。さらに低温依存的なユビキチン修飾をうけるアミノ酸サイトも同定した。以上の成果は、ほとんど理解されていなかった植物時計の周期安定性のメカニズムに、タンパク質翻訳後修飾およびタンパク質量的制御が関わることを明確に示したものである。タンパク質のユビキチン化修飾は、わずか5度の温度変化で劇的に変わるものであり、野外のシロイヌナズナもこのような温度変化・撹乱にさらされていることを考えると、実験室での発見ではあるが、野外の不均一な温度変化に対応するメカニズムとして十分にあり得るものである。これまで、均一な実験環境で解析されてきた植物の時計の、野外環境への応答性の意義やメカニズムを新たに提唱できる成果であると考えている。 また、2021年度は、この現象を解明するための形質転換体・化合物ツール・測定系・生化学実験の技術等も順次整備しており、次年度の解析に役立つ状況となっている。
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今後の研究の推進方策 |
低温依存的な分解に関わる領域を欠失させた、あるいはユビキチン化修飾アミノ酸を置換した時計タンパク質を発現する植物体を作出し、温度補償性などの形質を解析する。ユビキチン化修飾アミノ酸は、複数箇所見出されているため、全てを置換したもの、また1つを置換したものなどのバリエーションが求められるが、それを揃えて解析することは、真に重要なアミノ酸サイトを決定するためには必要不可欠である。 さらに、低温によるタンパク質分解のメカニズムを探るため、低温依存的に相互作用する因子を免疫沈降や近接ラベリング法と質量分析を組み合わせたプロテオミクスによって同定したい。そのような因子の変異体をゲノム編集で作成し、温度補償を解析することなどで、低温依存的に時計タンパク質の分解を担うメカニズムを解明する。
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