幼児は周囲の会話を聞くことで、その言語固有の特徴音を識別する能力が発達する。これら音声認識学習は「臨界期」と呼ばれる特定の時期に顕著であり、成熟後は、学習を担う神経回路の可塑性は低下する。しかし近年、成熟動物で臨界期を再開できる可能性が示されてきた。これは、臨界期での可塑性を担う神経機構が、臨界期の人為的な再開誘導の標的になりうることを意味しているが、それら機構の理解はいまだに限定的である。 近年我々は、音声認識学習のメカニズム研究を進めるモデルとして、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の歌識別学習パラダイムを確立した。ショウジョウバエは「求愛歌」と呼ばれる種に固有な羽音を用いて求愛する。この求愛歌は近縁種間で異なるリズムを持ち、異種間交配を避ける一要因となる。本研究では、このキイロショウジョウバエモデルを用いて、歌識別学習の神経回路機構の解明を目指した。 昨年度までに私たちは、キイロショウジョウバエの脳における主要な神経修飾物質であるドーパミンとセロトニンに着目した解析を進めた。その結果、ドーパミン伝達に関わる分子が、歌識別学習の成立に重要である可能性が得られた。そこで今年度は、ドーパミン阻害剤やアゴニストの投与による、歌識別学習への影響を解析した。その結果、ドーパミンが作用するタイミングを絞り込むことに成功した。今後はこのタイミングにおけるドーパミンの作用機序を解明することで、臨界期での可塑性を担う神経機構の一端を、ショウジョウバエを用いた研究から明らかにすることを目指す。
|