DNAの物性と遺伝子発現は密接に関連していると期待される。ここではDNAの物理的振る舞いを記述するモデルが必要となるが、遺伝子発現の制御は様々な階層で行われているので、着目する現象に応じて、DNAを記述するモデルも異なってくる。例えば、転写因子の結合や、ヌクレオソームの安定性などで問題となるDNAとタンパク質の相互作用を記述するには、塩基対スケールの詳細を考慮した剛体塩基対モデル(rigid base-pair)が用いられる。一方で、より大きなスケールでのDNAの振る舞いは、みみず鎖モデル(Worm-like chain)で十分よく記述される。本研究では、「これらの異なる階層におけるモデルの間の関係はどうなっているのか?」という問いに答えるべく、剛体塩基対モデルを系統的に粗視化する理論的手法を定式化した。主要な結果として、剛体塩基対モデルの多数の物性パラメータから、みみず鎖の物性値(持続長)を求める公式を導出した。ここでは、「曲げの異方性」や「ねじれと曲げの相関」といったDNA二重螺旋の分子構造の対称性に基づく性質を取り込み、定量的な議論を展開した。また、DNA二重螺旋の力学特性は長さ依存性を持ち、10 bp程度以下の短かなスケールでは、持続長から想定される力学特性よりも柔らかく振舞うことを明らかにした。この点ついて、DNAが単なる弾性棒ではなく、内部構造を持った分子であることに注目し、現象論の構築と物理的メカニズムの議論を行なった。
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