研究領域 | 素材によって変わる、『体』の建築工法 |
研究課題/領域番号 |
21H05766
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
西野 浩史 北海道大学, 電子科学研究所, 助教 (80332477)
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研究期間 (年度) |
2021-09-10 – 2023-03-31
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キーワード | コオロギ / 耳小骨 / キチン / 上皮細胞 / 種間比較 / 進化 / 気管 / 鼓膜 |
研究実績の概要 |
コオロギ科の昆虫はその前肢脛節に我々ヒトと同じ周波数分波型の聴覚器(鼓膜器官)を持っている。鼓膜器官は小型、高感度、広帯域という優れた特性を持つことから、工学応用が期待されるが、その伝音経路は複雑に組織化されており、動作原理すらよくわかっていない。申請者は聴覚器の伝音経路を非侵襲的に観察する方法を見い出し、フタホシコオロギがヒトの耳小骨に対応する構造(上皮コア)を持つことを発見した。その構造は硬いキチン質でできた押しボタン様の構造で、音声コミュニケーションを必要とする成虫脱皮直後に1週間ほどで形成される。本研究では、上皮コアの形成メカニズムや建築工法の進化をフタホシコオロギおよび、その類縁種の鼓膜器官との形態比較により明らかにすることを目標とする。 当該年度ではコオロギ亜科の代表種の聴覚器の感覚細胞を蛍光色素で標識した後に弱固定、マニュアルによる横断切片を作成することで、その構造を共焦点レーザー顕微鏡を用いて詳細に調べた。その結果、聴覚器の基本構造は亜科間で良く保存されていた。樹上性のコオロギ(カネタタキ亜科、マツムシ亜科、スズムシ亜科)には上皮コアが存在せず、鼓膜の振動が体液を通じて直接感覚細胞の樹状突起を刺激する仕組みが備わっていること、末端系統であるコオロギ亜科(Gryllinae)に入ってからコアが出現し、とりわけ地面に適応した種で本構造が大きく発達していること、を突き止めた。同時並行でフタホシコオロギの器官培養にも挑戦し、適性な培地、抗菌剤を用いた前肢の浮遊培養により、上皮細胞の陥入と気管定着、キチン分泌までは起こることを突き止めた。しかし、インタクト(単離されていない前肢)で見られるような大きなコアは形成されず、液性の何らかのシグナル因子、もしくは栄養因子が正常なコア発達に不可欠であることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画で提案した課題については全て遂行し、良好な成果を挙げることができた。特に種間の聴覚器比較については、一部の種(例えばシバスズなど)で体サイズが小さい(体長6 mm)ために困難が予想されたものの、プレパレーションの工夫により、全ての亜科の聴覚器の詳細な観察に成功した。その結果は、系統樹上の末端系統で上皮コアが出現するという興味深いもので、コアの適応的意義や進化の理解に多大な示唆を与えるものである。 一方、器官培養実験からは、液性要因、すなわち何らかのシグナル因子か栄養因子が耳小骨の正常な発達に寄与することを突き止めた。一方で、ラボの共焦点レーザー顕微鏡が経年劣化により使用できなくなる、というトラブルに見舞われ、一度は修理を経て復旧したものの1ヶ月ほどで再び故障してしまった。しかし、理学部・生物学科のご厚意により、共通機器(LSM980)を使用させて頂くことができ、事なきを得た。以上、機材トラブルに悩まされたものの、研究そのものは遅滞なく順調に推移していると総括できる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究計画の遂行順序については変わる可能性があるが、個別の実験内容について変更の予定はない。器官培養に成功すれば、同一個体の耳小骨の発達過程をライブイメージングで追跡きる可能性が高まるだけに残念であった。ただし、昆虫の器官培養が非常に難しい課題であることは折り込み済みであり、うまくいかなかった場合の対応策は十分に考えている。 具体的には、様々な発生ステージで弱固定した聴覚器を左右の前肢、あるいは異なる個体から得られた前肢について比較する。聴覚器の種間比較については十分なデータが得られているが、コオロギ亜科内部での対象種を増やすことにより、耳小骨の適応的、機能的意義や行動生態との関係をさらに精査する。また、成果のとりまとめも進める。
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