コオロギの前肢内部にある聴覚器はヒトの耳と同じ1枚の鼓膜からなる周波数分波器で、感覚細胞の周波数特性は鼓膜の振動をリンパ液の進行波へと変換する耳小骨様構造(上皮コア)によって付与される。上皮コアは幼虫にはなく、音声コミュニケーションが必要となる成虫脱皮後に、上皮細胞シートの陥入、気管への定着、建築資材であるキチン分泌を繰り返しながら6日間で完成する。コアはアーチ状の曲面を持つ精緻な構造で、第一種てこの働きをする。本研究では、「虫の内骨格」ともいうべきコアの形成原理を明らかにするとともに、コオロギ科や外群の種間比較により、耳小骨構造の進化について明らかにすることを目標とした。 まず、コアの形成過程のin vivo計測については、半透明の鼓膜の「窓」を通じて、その発達過程を経時観察することを目指したが、コア形成が鼓膜表面からZ軸方向に120マイクロメートル という深部で起こること、コアの周囲にある体液(血球細胞)が深部観察の妨げになることがわかり、2光子レーザー顕微鏡を用いても高解像度のデータを得ることができなかった。ただし、今後のプレパレーションの工夫次第で、この問題は解消される可能性が高いと思われたので、引き続きチャレンジしていきたい。 一方、種間比較については、キリギリス科 (Tettigoniidae)やバッタ科 (Acrididae)の鼓膜器官の構造を明らかにし、これら外群は上皮コアの構造を持たないことを確認した。前者では2枚の鼓膜の振動により進行波を生み出すしくみ、後者では1枚の鼓膜に直接感覚細胞が付着することで、特定の周波数にチューニングするしくみになっているようである。成果の一部については、振動受容器や聴覚器の構造、機能に着目したレビューとして原著論文をパブリッシュした。
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