研究実績の概要 |
本研究では、ショウジョウバエ翅組織をモデル系として、これまで単なる“静的”なサポート素材とみなされてきた細胞外マトリックスに焦点を当て、細胞外マトリックスが形態形成に与える影響について解析を進めてきた。その結果、細胞外マトリックスであるDumpyが繊維状に翅上皮組織と周辺構造物をつなぎとめており、そのDumpy繊維が時空間的にダイナミックに再編成されることで、翅組織の折れたたみの位置と方向が正確に決まることを発見し、本年度論文として報告した [Tsuboi et al., Science Advances, 2023]。しかし、依然として、Dumpy繊維を組織の特定の位置に構築する制御機構は明らかではない。そこで、1細胞RNA-seq技術を用いて、Dumpy繊維の領域特異性を定める分子基盤を同定しようと考えた。本年度、1細胞RNA-seqを実施し、Dumpy構築時期の翅組織から遺伝子発現情報を取得することに成功した。その結果、翅組織の領域ごとにクチクラ構成因子が多様であることを見出した。Dumpyはクチクラと翅組織をつなぎとめる接着因子であり、クチクラ構成因子の多様性がDumpyの領域特異性を生む可能性が示唆された。また、蛹期で形成される規則的な折れたたみ構造が、適切な体液循環を介した羽化後の成虫翅の成熟に与える影響を調べるため、翅展開後の成虫の翅を観察する系を立ち上げた。興味深いことに、蛹期の折れたたみ構造に異常のあるDumpyノックダウン個体では、成虫の翅の成熟不良が起こることを見出した。具体的には、翅上皮細胞の成虫クチクラ内への残存や、2層の成虫クチクラ間に過度の体液が流れ込んで出来た水疱様の構造不全が観察された。この結果より、蛹期で形成される規則的な折れたたみ構造が、適切な体液循環を介した羽化後の成虫翅の成熟に重要であることが示唆された。
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