視覚的に得られるリアリティが「ノイズ」によって得られているという仮説の検証を試みた.ここでの「ノイズ」とは,必要とする視覚情報を得るために第一に必要とされない情報のことを言う.例えば物体認識では対象物の画像が静止している方が望ましいため対象物の運動はノイズであり,物体の形を認識する上では色は必須ではないために色はノイズとみなしうる.実際に,形状識別の画像処理では最初に画像を白黒化するところから処理が始まる.本研究では,バーチャルリアリティ(VR)環境の「リアルさ」を評価する方法の1つとして,明度の恒常性を測定する実験を行った.明度の恒常性とは,物体の明るさが白に近い度合いを表し,例えば同じ白い物体は明るい照明の下でもその1/10の照明の下でも白と認識できる機能である.この明度の恒常性は,視対象が実物体(リアル)であるほど成績が良い傾向が知られている.そこで,ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いたVR環境で明度恒常性を測定することにより,VR環境のリアルさを評価することを試みた.その結果,HMDを用いて頭部を自由に動かして環境を観察しながら実験を行った時には高い明度恒常性が得られ,実物で行われた実験と同程度の成績を示した.一方で,観察者の頭部に追随して画像を呈示するHMDの機能を止め,頭部も動かさずに同じ実験を行ったところ,成績が約70%低下した.逆に頭部を固定したままで,頭を動かした時の映像をHMDで見せた時には,自由に観察した時と同程度の成績を得た.この結果は,頭部の動きにともなう映像の運動という「ノイズ」を付与することによってリアリティが向上したことを示しており,当初の仮説を裏付ける成果を得ることができた.
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