研究実績の概要 |
1980年代から多くの心理学研究によって呼吸の位相によって感覚認知が変化することが報告されているが、その基盤となるメカニズムは未だ不明である。そこで本研究では、ヒトとマカクザルを対象として実験を行い、呼吸と質感認知の関係とその神経メカニズムを解明することを目的とした。呼吸の測定には一般的に胸部バンドが用いられることが多いが、サルはそれを自ら外してしまうため、温度センサーを外鼻孔に設置して、呼気と吸気による温度変化を計測した。これまで覚醒下のマカクザルで呼吸のモニターを行った報告はなく、この方法を国際雑誌に報告した(Kunimatsu et al., 2022)。次に、プロサッカードおよびアンチサッカード課題遂行中の呼吸を断続的にモニターし、呼息または吸息期に視標が提示されたときの反応時間と正解率を調べた。アンチサッカード課題では、反射的な眼球運動(プロサッカード)を抑えて、反対側に眼球運動することが求められる。プロサッカード課題では、吸息時にくらべて呼息時では反応時間が約7ミリ秒(ヒト)または約3ミリ秒(サル)程度長くなっていた。これに対して、アンチサッカード課題では、吸息時よりも呼息時の方で反応時間が約14ミリ秒(ヒト)または約4ミリ秒(サル)短くなっていた。反応潜時では課題によって逆の結果が得られたが、エラーの解析を行うと、アンチサッカード課題では視覚刺激に対して反射的に眼球運動を行うというエラー(プロサッカード)の割合が呼息期とくらべ吸息期に増加していた。これらの結果は、両課題で吸息期に視覚刺激の顕著性(サリエンス)が増している可能性を示唆している。また、サルとヒトで同様の結果が得られたことから、両種で共通した神経メカニズムが存在していると考えられる。
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