本研究は,音の質感として音楽のリズムに注目し,リズムが身体運動を誘起するメカニズムを明らかにすることを目的とする.具体的には,ラットを研究モデルとして,リズムに同期した身体運動を決定づけるのは,種固有の運動リズム特性か,それとも脳のリズム情報処理の種固有の特性かを検証する. 本年度は,刺激音に対するラット聴覚野の神経活動を解析した.ラット聴覚野の第四層に微小電極アレイを刺入し,活動電位を多点計測した.刺激音として,リズムが明確な音楽 (モーツァルトのピアノソナタK.448) を,原曲のテンポに対して100% (132 BPM (beat per minute)),75%(99 BPM),200% (264 BPM),300% (396 BPM),400% (528 BPM) の再生速度で提示した.ビートにおける神経活動の強調を定量化するために,ビートと,それ以外の音に対する活動電位の比率を算出した.その結果,75,100,200%のテンポについては,神経活動がビートで強調されていた. さらに,ビート音の強調の神経基盤を明らかにするため,単純なリズム系列に対する神経活動データから,聴覚野の順応モデルを作製した.本モデルと先行研究で提案されてきた一般的な神経細胞モデルで順応特性を比較したところ,本モデルは,聴覚野が250 ms未満の間隔で提示される刺激に対して特に強く順応することを示唆した.さらに,音楽様のリズム刺激に対するビート強調も,本モデルが最もよく再現できた. これらの結果と前年度の結果を合わせると,リズムに同期した身体運動を決定づけるのは,身体に依存した種固有の運動リズム特性ではなく,聴覚野の順応特性を基盤とした,脳のリズム情報処理の特性であることを示唆する.
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