「いま自分がどこにいるのか」という空間認識は、動物の生存に重要な脳機能である。ヒトを含め多くの動物は視覚を頼りに自己位置の推定をおこなう一方、推定により生成された空間情報は高次脳領域である海馬に存在する。ところが、視覚に含まれる情報 ―とりわけ質感の情報― が、海馬の空間情報表現にどのように反映されるかはほとんど分かっていない。そこで本研究は、空間探索行動中の動物に対して、複合現実環境を用いてさまざまな質感の視覚情報を与えつつ、海馬と関連領域において大規模な神経活動計測を実施する。これにより、視覚野から海馬にいたる神経経路における視覚質感の処理過程を明らかにする。本研究は、視覚質感が海馬空間表象へと変換される深奥質感処理の実態を明らかにするものである。今年度は、前年度までにセットアップした複合現実環境を用いて、海馬や周辺脳領域の大規模神経活動計測を進めた。引き続き、活動計測を進めてデータ解析に供する。加えて、今年度は、神経細胞集団による情報表現を明らかにするため、神経多様体に着目した解析を進めた。その結果、海馬CA1野と (その1シナプス下流に位置する) 海馬台の神経細胞集団の活動は、共に低次元神経多様体を形成し、この神経多様体は複数種類の動物行動の情報 (場所・スピード・道順) を持つことを明らかにした。同時に、海馬台の神経多様体は、海馬CA1野のそれとは異なる性質 (次元数・多様体の形状・課題間共通性など) を持つことも明らかにした。したがって、海馬台は海馬CA1野から受け取った情報を独自の様式で処理して、海馬外の脳領域へと伝達することが示唆された。このような神経細胞集団のダイナミクスに着目した解析は、脳領域レベルの情報表現を明らかにするため重要なアプローチとなるであろう。
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