本研究では、液-液相分離によって形成する液滴を人工細胞として用い、独立の液滴に封入された2種類のRNAゲノムが、液滴間の情報伝達を介して協調的にゲノム複製する、人工多細胞型ゲノム複製システムの構築を目指す。前年度までに、異なるタンパク質をコードした2種類のRNAゲノムと無細胞翻訳系を液滴に封入し、それらが翻訳を介してゲノム複製する実験系を確立した。さらに、それらのRNAゲノムを異なる液滴に封入した場合、通常の条件では反応中に液滴同士が融合してゲノムが混合してしまうが、特定のタンパク質を加えた場合に液滴が安定化されることを見出した。本年度はまずこの安定化効果について追求を行った。その結果、安定化は液滴内でのタンパク質のアミロイド線維化により引き起こされることを見出した。さらに安定化した液滴の分子透過能を調査したところ、10 kDa程度までの分子を効率よく透過できるとわかった。次に、2種類のRNAゲノムが異なる液滴に分離したまま複製することを実証するために、RNAゲノム複製を顕微鏡下で直接検出する手法の開発に取り組んだ。具体的には、複製で合成される相補鎖に特異的に結合する分子ビーコンを構築し、またその配列を最適化した。しかし、RNAゲノムは強固な二次構造を形成するため、通常の一本鎖DNAを用いた分子ビーコンでは、最適化しても反応条件下での検出感度には限界があった。そこで主鎖構造を改変したビーコンを新たに設計することで、RNAゲノム複製を高感度に直接検出する技術を開発した。実際、特定のRNAゲノムが複製した液滴だけを判別できるようになった。以上から、人工多細胞型ゲノム複製の基盤技術が整った。今後、安定化した液滴の分子透過能を調整すれば、任意の分子の伝達を介したゲノム複製を実現できるはずである。
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