幾何学的にフラストレートした構造を持つ遷移金属酸化物では、電子が持つスピン・電荷・軌道の自由度および格子の自由度とフラストレーション効果が複合して新奇な量子物性が現れる。本研究では、主にNMR測定を用いて、これらの量子物性の発現機構の解明と探索を行った。本年度は、先ず、欠損した三角格子を持つ層状バナジウム酸化物BaV_<10>O_<15>のフラストレーション効果を解消するときに現れる新奇な電子状態を調べた。単結晶試料を用いて、構造相転移点の前後でV核のナイトシフトと電気四重極周波数テンソルの精密な決定を行い、構造相転移に伴ってフラストレーションを解消するために非磁性三量体が形成されること、および、その三量体形成には軌道秩序が重要な役割を果たしていることを明らかにした。また、構造相転移温度より高温から三量体形成が始まることを見出した。これは、高温からすでに局所的な軌道秩序が始まっていることを示している。さらに、フラストレートしたジグザグ二重鎖を基本構造として持つホーランダイト型クロム酸化物K_2Cr_8O_<16>の金属絶縁体転移近傍の新奇量子相の物性を明らかにすることを目指した研究を行った。この物質は、強磁性相中で金属絶縁体転移を起こし、低温で強磁性縁体相が現れる。この金属絶縁体転移の起源と電子状態に興味が持たれている。強磁性絶縁体相の零磁場NMR測定から、低温相では結晶の対称性が低下していること、さらに、クロム・サイトにおける内部磁場を評価した結果、電荷の不均一化が起きていることを明らかにした。この電荷不均一化の問題は、クロムの3d軌道と酸素の2p軌道との混成が強い高価数を持つクロム酸化物に共通する現象と考えられ、今後、その起源について系統的な研究が望まれる。上記以外にも、ハニカム格子イジング系の磁性、一次元量子イジング系の量子相転移などに関する研究を行った。
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