本研究は、フラストレートしたスピン系の作り出す量子スピン液体状態に対して、熱力学的な側面からの理解と新たな現象開拓を進めることを目的として計画した。平成22年度は、分子性化合物の電荷移動錯体で二次元の三角格子構造をもつκ-(BEDT-TTE)_2Cu_2(CN)_3 EtMe_3Sb[Pd(dmit)_2]_2の基底状態を調べるため、極低温領域での単結晶を用いた熱測定を系統的に行った。極低温領域ではBEDT-TTF分子の末端主チレン基のプロトンとEtMe_3Sbのメチル基の回転トンネルによる大きなショットキー熱容量が現れた。これらの影響を排除するため、重水素化したBEDT-TTF分子からなる試料と、EtMe_3Sb^+のメチル基を重水素化した試料を準備した。単結晶を用いた熱容量測定の結果、両塩とも絶縁体状態であるにも関わらず、有限の電子熱容量係数をもつことが明らかになり、ギャップのないスピン液体状態が形成されていることが示唆される。後者の塩では電子熱容量係数の値が倍程度に増加している。重水素置換によってカチオンのサイズが小さくなることで、反強磁性状態に近づくためであると思われる。 次に、Cu^<2+>が二次元カゴメ格子を形成するS-1/2のフラストレート系であるボルボサイトの極低温測定を行った。大阪大学で現有している^3He冷凍装置と、分子科学研究所の300μWの希釈冷凍装置を用いて最低温度110mKまで、最大磁場7Tまでの測定を粉末試料のペレットを用いて行った。C_pT^<-1>の温度変化が、1K付近でキンク構造をとり、の温度でスピン系の相変化が起こっていることが確認された。また、より低温領域で、ショットキー熱容量が現れることが確認され、磁場依存性からこの熱容量は、Cuの核比熱によるものであることが確認された。基底状態では何らかの短距離秩序が形成されていることが強く示唆される。
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