研究概要 |
スペクトルを構成する重要要素のうち,「強度」と「形状」に関しては,これまでに十分な理解が得られているとは言い難い。これらの理解を統合的に且つ十分に進めることにより,振動スペクトルを十分に生かし切った解析が可能になると考えられる。本研究では,分子間相互作用に由来する振動バンドの強度と形状の変化を統合的に理解するための解析法理論を,実験研究者に提示することを目的としている。今年度は以下の成果を得た。 (1)ハロゲン原子を持つ化合物が,蛋白質の阻害剤として働くケースなどにおいては,蛋白質主鎖のC=O基へのハロゲン結合(C-X...O=C)が見られる。そこで,水素結合と比較して,ハロゲン結合がペプチド基の振動にどのような影響を持つかを,ハロゲン原子を持つ幾つかの化合物とN-メチルアセトアミドが形成する会合体を対象とした理論計算により,定量的に解析した。その結果,ハロゲン結合形成に伴ってアミドIモードの赤外強度の顕著な増大が起こること,その機構として分子間の電荷フラックスが重要であることを,明らかにした。 (2)水のOH伸縮振動モードの,水素結合供与的な水素結合形成に伴う大きな赤外強度増大の機構を,水28分子および30分子から成るクラスターを対象とした理論計算により検討した。その結果,この赤外強度増大の主要因が分子間電荷フラックスにあることを,明らかにした。また,この分子間電荷フラックスによる,周囲のOH振動子に掛かる電場の変調と,OH振動子に掛かる力の電場依存性を組み合わせることにより,分子間電荷フラックスが,分子間振動カップリングにも重要な役割を果たしていることを示した。
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