脂質ナノディスクはリン脂質と血漿アポリポタンパク質A-I(apoA-I)との複合体であり、生体内で見られる高密度リポタンパク質(HDL)の初期構造と同じ構造をもつ。近年では薬物のキャリアとしての利用や膜タンパク質再構成のツールなど、応用面での関心が高まっているが、その物理化学的性質や動的特性については不明な点も多い。本研究では、ナノディスクの微細構造や動的特性を明らかにするため、種々の分光学的手法を適用した。本年度は、中性子散乱研究施設が利用できなかったため、主に、サイズ排除クロマトグラフィー、ならびに蛍光法を用い、脂質ナノディスクの構造の脂質組成依存性に焦点を当てて検討を行った。 サイズ排除クロマトグラフィー解析から、POPCのような不飽和リン脂質でナノディスクを調製すると、脂質/タンパク質比に応じて大きさの異なる3種類の粒子が得られることが判明した。小さい2種類のナノディスクは飽和リン脂質膜や、コレステロールを高濃度含む膜からは生成しなかった。Dipyrenyl-PCのエキシマー蛍光とdansyl-PEの蛍光寿命から、小さい粒子では大きい粒子に比べ、アシル鎖の側方圧の減少と脂質頭部のパッキングの上昇が生じていることが判明した。さらに、負の自発曲率を有するphosphatidylethanolamineが膜に含まれると、小さい粒子の生成率が増加した。これらの結果より、大きいナノディスクの脂質二重層は平面構造をとるのに対し、小さいナノディスクでは鞍状曲面を形成することが明らかとなった。
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