本研究課題は、生体分子に代表される高次系と水との間に存在する普遍的な性質を明らかにする目的で研究を進めており、本年度は主にpHなどの生体関連分子の周辺環境の変化が、分子物性や水素結合ネットワークに与える影響を理解するための理論計算を行った。具体的にはPhotoactive Yellow Protein (PYP)発色団附近および、炭酸脱水酵素(CA)の活性中心である亜鉛イオン附近の水素結合網に着目して研究を行って来た。また固液界面近傍の溶媒和構造を記述する新しい統計力学理論を開発した。 PYP中にあっては発色団であるp-クマル酸附近のGlu46との間に低障壁水素結合が存在することが最近の実験から示唆されている。また近傍のArg52のプロトン化状態も発色団の電子状態に直接影響を与えるものと考えられる。本研究ではONIOM法を用いて検証し、これらが光吸収には大きく影響しないことを明らかにした。またCAについては、我々が最近開発した統計力学理論(MC-MOZ法)を用いて、活性中心の三次元溶媒和構造を計算した。この方法は、MD法などとは異なり酸・塩基条件を容易に考慮できる利点がある。得られた水素結合構造は水と酸性条件ではほぼ同じであったが、塩基性条件下では水酸化物イオンが亜鉛付近に存在していることが示唆された。実験的に得られている結晶構造とは後者の方がより符合することが分かった。併せて同領域の水分子に対するモンテカルロ計算を行ってネットワーク構造について調べ、その一部が周辺残基に強く結合していることを見いだした。 また固液界面近傍の溶媒和構造を記述する新しい積分方程式理論の開発に成功した。この方法では界面に垂直および水平な方向の二つを独立な自由度とし、固体に対する周期境界性を取り入れたpolymer-RISM理論と組み合わせることで固液界面近傍の溶媒和構造を記述できる。格子状に原子が配列した固体近傍の水和構造を計算し、水の位置や配向が適切に記述できることを示した。さらに生体内での基礎的化学過程についてRISM-SCF-SEDD法を用いてその機構を明らかにした。
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