研究概要 |
低障壁水素結合(LBHB)は、疑似共有結合性を示す水素結合であり、高い結合エネルギーを示すと同時に、存在環境に応じて、容易に通常のイオン性の水素結合に緩和することができる。このことから、蛋白質内においても、LBHBを利用する機能が、一般に存在することが期待されるが、今日まで明らかにされていない。本研究では、これまでに唯一、LBHBの存在が実証された光センサー蛋白質(Photoactive Yellow Protein, PYP)をモデル蛋白質として、蛋白質中でのLBHBの物理化学的特性を明らかにし、分子内反応との関連性を明らかにすることを目的としている。 本研究では、LBHB形成能を失活するように変異を加えたPYP(E46Q変異体)を作成し、その物性評価を行い、野生型との比較から、現象論的にLBHBの関与を推定する。しかしながら、LBHBを失活するために導入する変異は、LBHB形成のみならず、他のアミノ酸残基とも相互作用していることから、LBHBの関与を正確に抽出するためには、変異体の、水素結合を含めた構造を決定し評価する必要がある。そこで、本年度は、E46Q変異体の巨大結晶を作成し、中性子結晶構造解析を行った。 結晶化条件の最適化により、1mm3を超える変異体PYPの巨大結晶の作製に成功した。放射光を用いた実験により、0.84A分解能の回折データを収集することができた。E46Q巨大結晶を用い、日本原子力研究所IRR3に設置されたRIX-4を用い中性子回折測定を行い、分解能1.5A、Completeness 93.5%のデータの収集に成功した。X線/中性子併用結晶構造解析を行った結果、発色団近傍に明瞭な核密度分布が観測された。LBHBに関与するE46をQに置換した結果、Q46-発色団間の水素結合は,通常の水素結合距離(>2.5A)に緩和していることが明らかとなった。更に、近傍に存在するY42-発色団間の水素結合に注目すると、水素結合構造に違いは見られず、短距離イオン性の水素結合であることが明らかとなった。以上の結果から、野生型とE46Qにみられる、諸物性の違いは、LBHBと水素結合の違いに由来すると結論するに至った。
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