ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるATP合成は、好気的生物の主要なエネルギー変換反応である。ADP濃度が低いときは電子伝達速度が低下する事が知られており、"呼吸調節"と呼ばれている。これは、生理的に重要な調節であり、プロトン濃度勾配により電子伝達速度の制御が行われていることを意味するが、その分子機構は不明である。本研究では、チトクロムc酸化酵素(CcO)をリン脂質小胞に再構成したCOVをモデル系として、呼吸調節の分子機構解明に挑戦する。この目的のため、COV中のCcOの共鳴ラマンスペクトルを測定して、活性部位であるヘムおよびその近傍の構造を詳しく調べる。 還元型COVとCcOの共鳴ラマンスペクトルを比較したところ、COV中ではCcOに比べてタンパク内でヘムの位置がずれることが示唆された。次に色素ローダミン123をプローブとして分光的に膜電位の生成をモニターする実験系を構築した。この系を用いて、チトクロムcからの電子伝達により膜を隔てたΔΨとΔpHが両方存在する状態の共鳴ラマンスペクトルを測定したところ、ヘムαの電子密度が低下するとともに、ヘムα_3の鉄-ヒスチジン結合に変化がある事がわかった。つぎにΔΨのみが存在するときの共鳴ラマンスペクトルを調べた。結果を総合すると、ヘムの構造変化を引き起こすのはΔpHであることがわかった。したがって、ヘムの構造はプロトン輸送経路のアミノ酸残基のプロトン化状態の違いにより変化する、というのが一つの解釈である。
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