本年度は、1.環状多核錯体の電子状態および有効交換積分値(J)値の第一原理計算と、磁化率シミュレーション、2.開殻系分子の伝導性計算の為の弾性散乱グリーン関数法の改良と多核金属錯体への適用、3.錯体の光物性の理論的考察、4.開殻系分子の為の分子構造・遷移構造最適化法の展開、という4点を主として行った。以下に具体的に詳述する。 1.本テーマでは、大塩グループによって合成された環状oxovanadium錯体のX線構造解析結果をもとに、電子状態の第一原理計算を行い、電子状態を明らかにするとともに、金属イオン間の有効交換積分値(J)値を算出し磁化率シミュレーションを行った。7員環錯体では4種類のJ値をすべての導出することに成功し、実験結果を良く説明した。 2.本テーマでは、弾性散乱グリーン関数法に基づく伝導性計算手法にスピンインデックスを導入する事により、開殻分子にも適用できるようにした。次いで、人工metal-DNA錯体やEMAC分子と呼ばれる一次元錯体などに適用し、電気伝導性を計算した。EMAC分子の計算では、半定量的に実験事実を説明する事に成功した。尚、このテーマは連携研究者である重田育照准教授との共同研究ある。 3.本テーマではRhやRuなどの錯体の光物性をTDDFT計算により考察した。Rh2核アセテート錯体では、軸位の配位子の構造や溶媒効果が軌道状態の電子配置や吸収スペクトルに非常に敏感である事を示し、これらを考慮した場合にのみ実験値を説明できる事を示した。 4.本テーマでは、多核錯体の触媒反応機構解明に向けた手法開発の一環として、巨大ビラジカル分子の平衡構造や遷移構造を少ない計算機コストで精度よく求める手法を開発・展開した。開発した手法は非常に高度な電子相関手法と良く一致した。この結果は、巨大錯体の触媒反応解析へと道筋を拓くものであると思われる。
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