本年度は、(1)多核錯体の磁性パラメータ(J)値の第一原理計算、(2)一次元多核錯体の電気伝導度計算、(3)π共役配位子を有する多核錯体の光吸収スペクトルの第一原理計算、(4)巨大ビラジカル分子の構造最適化のための二階層QM/QM法の開発、を行った。まず(1)の、J値の定量的計算に関しては、大塩グループによって合成されたFe_2Co_24核錯体に関して、金属イオン間に働くJ値を量子化学計算により求めた。本研究は大塩グループとの共同研究にて遂行された。続いて(2)では、PengらによるNi一次元錯体に着目し、電気伝導計算を行った。計算結果は実験と良く一致し、また、伝導性に寄与する軌道を明らかにする事に成功した。これらの結果は招待講演などで発表した。(3)では(1)で計算したFe_2Co_24核錯体の光吸収による電荷移動(IVCT)のメカニズムを時間依存密度汎関数(TD-DFT)計算により検討した。励起スペクトルを計算し、遷移に関与する分子軌道の解析を行った結果、電荷移動に関与する軌道を明らかにする事に成功した。加えて、棚瀬グループにより合成されたPd8核錯体における電子状態および光吸収スペクトルをDFTおよびTD-DFT計算により解析した。本錯体は、σ軌道が分子内に大きく非局在している事から、ナノワイヤの有力な候補となることが考えられる。また、光吸収にともなう遷移に関与する軌道を明らかにした。本研究は棚瀬グループとの共同研究である。最後に(4)では、巨大配位子を有する二核錯体などの、巨大ビラジカル分子の構造最適化を精度よく行うために、本研究グループで開発したAP法とスピン制限法をONIOM法に基づいて融合するAP/R法を提案した。得られた結果は、全体をAP法で最適化した座標とほぼ一致しながら、計算機コストを大幅に削減させる事に成功した。
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