本研究は、一分子レベルで天然変性タンパク質の主鎖の形とダイナミクスを観測する手法の開発を通して、変性タンパク質の動的な構造多様性を明らかにすることを目的とする。まず、鎌形らが開発した一分子蛍光装置を用いて、変性剤で変性させたチトクロムcの構造とダイナミクスを観測した。酵母と緑膿菌由来チトクロムcに、それぞれ、Alexa532とAtto532を修飾し、タンパク質構造のプローブとした。酵母のチトクロムcでは、各変性条件で、数秒程度の一分子時系列データが30本以上得られた。9割以上の時間に渡って、データは一定の蛍光強度を示し、主な変性状態と帰属した。一方、稀に過渡的な状態が観測された。さらに、それらの状態間の遷移も観測された。この結果は、変性状態には、過渡的な特定の構造を持った分子種が存在することを示唆している。次に、緑膿菌由来のシトクロムcでは、5ミリ秒の時間分解能を持ち、全長が数秒程度の一分子時系列データが約150本得られた。データを局所平衡状態解析で分析したところ、複数の局所平衡状態を特定できた。その内の2つの局所平衡状態は広がった変性状態とコンパクトな変性状態に対応した。それらの状態間の遷移も観測された。これらの結果はある特定の構造群に対応する過渡的な準安定状態が変性状態には有意に存在することを示唆する。以上から、変性チトクロムcの自由エネルギー地形は、2状態的な折り畳みを示す蛋白質で観測されるような滑らかな"お椀形"の地形ではなく、3状態以上から成る地形であることが分かった。コンパクトな変性状態の役割は折り畳みの核として働くと推測され、天然変性蛋白質では基質認識を促進している因子であると考えられる。次に、超高真空走査型トンネル顕微鏡を用いて、酸変性させたチトクロムc(酵母由来)の一分子をイメージングすることに成功した。今後は、原子レベルで変性タンパク質一分子の構造を解析する予定である。
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