生理的条件下で球状構造をとらず、あるいは部分的に不規則領域(変性領域)をもつ一群の蛋白質は天然変性蛋白質と呼ばれる。生体内に存在する天然変性蛋白質を同定することは当該蛋白質群の構造と機能を理解するために不可次である。本年度は腫瘍組織から分泌される蛋白質群に解析の焦点を絞った。 肺癌の早期診断に有用な血清マーカーを探索する目的で、腫瘍組織から分泌あるいは漏出する一群の蛋白質を分析した。外科的に切除した12症例の肺腺癌組織および同じ症例の正常な末梢肺組織を各々無血清培地で短期培養した。培養上清中の癌組織および正常組織由来の蛋白質を、異なる蛍光波長を持つ色素化合物(CyDye試薬)でそれぞれ標識した。標識試料を症例ごとに混合後、各々二次元電気泳動で展開した。 二次元ゲル上で検出された蛋白質スポットのうち、34個のスポットは少なくとも5症例から検出され、かつ正常組織に対する癌組織の平均蛍光強度比が2.0以上を示した(p<0.05)。質量分析を含む解析手順により34スポットの全てから有意な蛋白質同定結果を得た。同定された蛋白質には、napsin Aやsurfactant protein Aなど、II型肺胞上皮細胞への組織学的分化を示す蛋白質が含まれていた。また、腫瘍組織全般に共通して発現の亢進することが示唆される蛋白質も同定された。以上の結果から、培養上清からのアプローチが肺組織特異的なマーカーの探索手段として妥当であると結論した。 同定されたマーカー候補蛋白質群を天然変性領域予測プログラムPonder-FITを用いて解析したところ、アミノ酸配列全長の半分以上が変性領域として予測される蛋白質が複数含まれていることがわかった。従来は分泌蛋白質の多くは変性領域を持たないとされてきた。今回の解析で得られた情報は、血中における候補蛋白質の分解様式などを論じる上で有用である。
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