物質的に困窮していなくても、周囲に比べて自分の財や社会的ステータスが著しく低いと感じる場合(相対的剥奪状態)、その心理社会的ストレス(希望の喪失・劣等感・ねたみなど)から多彩な健康問題を生じ得る。これを健康科学における相対的剥奪仮説といい、社会経済格差が健康格差を生み出す心理社会的メカニズムとして注目されている。本研究では、相対的剥奪仮説に注目して、社会経済格差が不健康と健康格差を生み出す心理社会的なメカニズム、およびそれらの関連に影響を与えるマクロな社会環境要因を、国内外の大規模な統計データを用いて明らかにしてきた。平成23年度は、高齢者の長期縦断データである愛知老年学的評価研究のデータを用いて、所得の相対的剥奪が大きいほど男性の循環器疾患死亡を高めるが、がんや呼吸器による死亡は高めないことを明らかにした。また、同じデータを用いて、高齢者の社会的排除状態(経済的困窮等により社会生活が著しく制限されていたり、閉じこもりがちな生活パターンを送っている状態)により死亡リスクが大きく高まるが、そのリスクの大きさのパターンは男女で異なることを明らかにした。たとえば女性では単に相対的貧困であることはリスクを高めないが、社会的孤立状態が加わるとリスクが男性以上に大きくなった。現在、我が国の社会保障を抜本的に見直す動きが見られているが、これらの知見は今後の社会保障のあり方を健康の視点から検討するための資料として重要である。
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