本年度は、昨年度の研究により加水分解活性が大きく低下することが示されたネックリンカー変異体をさらに詳しく解析することにより、キネシンが二足歩行運動中に前後の頭部の活性を制御するアロステリックな構造基盤を明らかにすることを目的とする。まず、ネックリンカー上の疎水残基1325をGlyに置換したキネシン単頭変異体のATP加水分解速度の低下の原因を探るために、ストップドフロー装置を用いて各加水分解ステップの反応速度を計測した。頭部の微小管への結合速度、微小管結合に伴う頭部からのADPの解離速度、および頭部へのATPの結合速度は野生型とほとんど変わらなかったのに対して、ATP加水分解に伴う微小管からの頭部の解離速度は約10倍低下した。これらの結果は、1325G変異体は野生型と比べて、ATP結合もしくは加水分解のステップが遅くなっていることを示すものである。次に1325G変異体のATP加水分解反応が低下する構造基盤を明らかにするために、クライオ電子顕微鏡を用いて微小管に結合した1325G変異体の構造を観察した。ATPアナログであるAMPPNP存在下での1325Gの構造を9Åの分解能で観察したところ、AMPPNPがヌクレオチド結合部位に結合しているもののネックリンカーは頭部にドッキングしておらず、また野生型キネシンのATP結合前の状態に相当する頭部が回転していない状態に近い構造状態を取っていることが分かった。これらの結果は、ATP結合に伴う頭部の回転にはネックリンカーの疎水側鎖と頭部との相互作用が必要であり、ネックリンカーが頭部と相互作用できない(前足の状態に相当)場合には、頭部が回転できずにATP加水分解反応が抑制される、という頭部間の協調的な制御機構を示唆するものである。
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