動的複合体状態は生命現象を理解する上で極めて重要であるが、原子レベル精度でそれらを解析するのは未だに困難である。特に膜タンパク質では足場としての膜自身の役割が大きく、in situでの動的複合体の解析が必須と考えられる。そこで本研究では膜タンパク質を生きている細胞のまま原子レベル精度で解析可能なNMR技術を開発する。具体的には、生きている大腸菌で観測したい膜タンパク質のみを安定同位体標識する技術やバックグラウンドとなる大腸菌由来のNMR信号を抑制する試料調製技術と重水素フィルタ技術を開発することで相対的な感度向上を達成し、生きている細胞へDNP法を適用することで絶対的な感度向上を達成する。これらの感度向上法により膜タンパク質の生体内でのNMR検出を達成する。最終的にin situにおける膜タンパク質の動的複合体を原子レベル精度で解析する手法を開発する。 平成22年度は、(1)観測したい膜タンパク質のみを安定同位体標識する技術の開発、(2)バックグラウンドとなる大腸菌由来のNMR信号を抑制する技術の開発を行った。 (1)では2回膜貫通型タンパク質pHtrIIの大腸菌大量発現系において、培養時に非標識培地を、誘導時に安定同位体標識培地を用いることで、観測したい膜タンパク質のみを安定同位体標識した。選択的な標識が達成されたかどうかを判定するために、菌体破砕後の膜画分をMR測定し、膜画分を用いる評価法を確立することに成功した。(2)ではpColdシステムとSPPシステムを用いた低温での発現誘導により、発現誘導後の目的膜タンパク質以外のタンパク質の翻訳を抑制した。得られたスペクトルから、重水素化など特別な工夫をこらすことなく、バックグラウンドとなる大腸菌由来のNMR信号が抑制されることが分かった。
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